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      <title>芸術を捨てた芸術家</title>
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      <description>大ガラスに魅せられたんだよね。もっと知りたいよ。</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2010</copyright>
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         <title>キャンベル・スープ缶</title>
         <description><![CDATA[ウォーホルの作品、キャンベル・スープ缶。

これがファクトリーで制作された作品、第2弾です。

<img alt="Uohol-soup.bmp" src="http://onpointpub.com/Uohol-soup.bmp" width="275" height="350" />

Ⅰ、Ⅱのシリーズがあり、これはⅡのなかの1点です。

ウォーホルは1962年から1968年頃、この缶を題材とした作品を多く制作しました。

その一連の作品は、ペンシルベニア州にあるアンディー・ウォーホル美術館に展示されています。

ウォーホルがこのスープ缶を選んだ理由にこんなことを言っています。

「僕は自分が美しいと思うものを、いつも描いているだけです。

僕はスープを描いていますが、それは僕がスープを好きだから。」


とてもシンプルな理由です。

モチーフを選んだ理由なんて芸術家には愚問ですね。

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         <pubDate>Mon, 01 Mar 2010 16:07:05 +0900</pubDate>
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         <title>ウォーホルの映画</title>
         <description><![CDATA[アンディ・ウォーホルは、『エンパイア』（1964年）などのコンセプチュアルな実験映画を次々に制作・上映していました。

この『エンパイア』という映画は、今は無きエンパイアステートメント・ビルを延々と映したものです。
長さはなんと<strong>8時間</strong>！！

衝撃的な長さです。

どんな不眠症の人でも眠れるかもしれません。

<img alt="andy-empire.jpg" src="http://onpointpub.com/andy-empire.jpg" width="230"  />

ウォーホルはこんな言葉を残しています。

「私は退屈なものが好きです。窓のふちに腰をかけて、外を眺めて見ると、実に面白く感じる。

むろん、そのために時間がとられてしまう。
しかし、実際に、一日中窓から外をのぞいている人々の姿が見られるのではないだろうか。
だから、私自身もそうしたいと思う。

どっちみち、自分の部屋の窓からのぞいていなければ、私はどこかの店にすわって外の往来を眺めて
いるにちがいない。

だから、私の映画は時間つぶしの方法を示したものにすぎないのである。」

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         <pubDate>Mon, 15 Feb 2010 11:56:15 +0900</pubDate>
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         <title>アンディ・ウォーホル</title>
         <description><![CDATA[今回はコンセプチュアル・アートの先駆者、アンディ・ウォーホルです。

<img alt="maririnpinku2.jpg" src="http://onpointpub.com/maririnpinku2.jpg" width="333" height="330" />

このシルクスクリーンは、アメリカの有名な女優マリリン・モンロー。

ウォーホルの作品は、彼女をモチーフにしたものが特に有名ですよね。

ウォーホルは銀髪のカツラをトレードマークとし、ロックバンドのプロデュースや映画制作なども手掛けたマルチ・アーティストです。

本名はアンドリュー・ヴァーコラといいます。

]]></description>
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         <pubDate>Sun, 17 Jan 2010 14:01:54 +0900</pubDate>
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         <title>イヴ・クライン②</title>
         <description>イヴ・クラインは多くのパフォーマンスや、その記録写真も残しています。

有名なものは、彼が塀の上から道路の上空に向けて跳躍している写真作品『空虚への跳躍』ですね。彼は空中を飛ぶという夢にとらわれ、何度もパフォーマンスを行ったそうです。

可視のものを不可視にし、また可視に戻すことは彼の芸術のシステムであり、続いて行った儀式的パフォーマンスアートであり絵画でもある『人体測定』シリーズにつながりました。

1960年から始まった制作で、彼は公開制作の際に観客たちに完全な正装を求め、自らも正装で臨んでいます。それは破天荒な場を神聖化するための儀式でもありました。

自作の曲『モノトーン・シンフォニー』を指揮し、オーケストラに演奏させ、IKBの顔料を体に塗ったヌードモデルたちに指示を与えキャンバスに横たわらせたり、横たわるモデルの周りのキャンバスにIKB顔料を吹き付けたりしました。

この結果、「人間の動的エネルギーの痕跡」がキャンバスに残ることになったんです。

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         <pubDate>Sat, 26 Dec 2009 14:53:50 +0900</pubDate>
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         <title>イヴ・クライン</title>
         <description><![CDATA[イヴ・クラインは、単色の作品を制作する、モノクロニズムを代表するフランスの画家です。

<img alt="ive.gif" src="http://onpointpub.com/ive.gif" width="199" height="257" />


クラインは1948年から単色のみによる絵画作品の制作に取り組み始めました。

オレンジやピンク、青などの色を用いて創られたそれらのモノクローム絵画は、
作品ごとに画面が平らか凹凸があるか、明るさのグラデーションがあるか、
そのようなグラデーションのない全くの単一色か・・・という違いはあるものの、
「一作において一色のみを画面全体に塗る」という方針では一貫しています。

このような作風はなかなか理解されず、作品を展覧会に出品するも拒否されることもありました。
それでも単色にこだわるクラインの姿勢は、のちの『人体測定』シリーズにおける
単色の色使いにも及んでいます。

特に「青」を宇宙の神秘的なエネルギーに通じる最も非物質的で抽象的な
色だとして重要視し、自ら理想的な青の染料を開発しました。

1957年に、黄金よりも高貴な青「インターナショナル・クライン・ブルー」と
呼ばれる深い青色の特許を取得します！

ミラノで『イヴ・クライン－モノクロームの提案、ブルーの時代』という
タイトルで行われた個展で、この染料をキャンバス一面に塗布した
青色の絵画の作品群を発表しました。



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         <pubDate>Thu, 05 Nov 2009 18:05:07 +0900</pubDate>
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         <title>批判を受ける</title>
         <description><![CDATA[1911年には連続写真を思わせる『汽車の中の悲しげな青年』を作ります。
翌1912年には出世作『階段を降りる裸体No.2』、『花嫁』などを描きます。

しかし・・・・所属していたキュビスムを研究するグループの保守的な批判（『裸体は階段を降りるものではない』と題名の変更を求められたそうで・・・・）に激怒して、グループ展に出品していた作品を取り下げちゃいます。

<img alt="kaidan.jpg" src="http://onpointpub.com/kaidan.jpg" width="200" height="339" />

せっかく作ったのに、そんな事を言われたら困りますよねぇ・・。
この1912年に油絵を複数制作した後、油絵をほとんど描かなくなります・・・。]]></description>
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         <pubDate>Thu, 01 Oct 2009 17:22:37 +0900</pubDate>
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         <title>デュシャンの人生</title>
         <description>1887年、ノルマンディー地方セーヌ＝マリティム県ブランヴィルの豊かな家庭に生まれ、父は公証人。

マルセルは7人兄弟の3男です。兄たちの影響を受けて少年時代から絵を描き始めます。
高校を卒業後は、1904年にパリに出てピュトー派の兄たちと合流をします。
兄たちの影響は、大きいです。

兵役の終了後は、アカデミー・ジュリアンで絵画をお勉強します。
初めの頃には印象派やフォーヴィスム風の作品や、『階段を降りる裸体』のようなキュビスムと未来派の影響を受けた絵画作品もあります。
色々な事から影響を受けていますね。</description>
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         <pubDate>Wed, 30 Sep 2009 16:55:26 +0900</pubDate>
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         <title>「死ぬのはいつも他人ばかり」</title>
         <description>デュシャンはニューヨーク・ダダの主要人物とされ、20世紀の美術に一番影響を与えた作家の1人と言われています。

デュシャンが他の巨匠たちと違うのは、30歳代半ば以降の人生の中でほぼ作品らしい作品を作成していないこと。

デュシャンが亡くなったのは1968年ですが、「絵画」・・らしい作品を描いていたのは1912年の時までで、それ以降は油絵を投げ出したそう。

墓碑銘に刻まれた「死ぬのはいつも他人ばかり」という言葉も有名ですね。
ちなみにこの刻まれた言葉は、寺山修司が好きだったそうです。
皆さんは、これどういう風に解釈しますか？</description>
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         <pubDate>Sun, 30 Aug 2009 16:55:08 +0900</pubDate>
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         <title>マルセル・デュシャン</title>
         <description><![CDATA[マルセル・デュシャンは、フランス出身でのちアメリカで活躍した美術家。
20世紀美術に決定的な影響を残した美術家さんなんですよ～～。

<img alt="maruseru.jpg" src="http://onpointpub.com/maruseru.jpg" width="160" height="210" />

画家として出発したのですが、油彩画の制作は1910年代前半に放棄しました。
しちゃいました。

後は・・・チェスの名手としても知られていたんですよね。
チェックメイト！

ローズ・セラヴィという名義を使ったこともあるそうで。何故でしょうかね～。
2人の兄、ジャック・ヴィヨンも美術家です。]]></description>
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         <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 16:54:34 +0900</pubDate>
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         <title>フォーマリズム理論</title>
         <description>アメリカ美術がヨーロッパ美術を乗り越えたとして、抽象表現主義をさかんに称揚したグリーンバーグ（アメリカの美術評論家）のフォーマリズム理論が、当時のヨーロッパでいかに反感を持たれたかを示すパフォーマンスにつぎのようなものがある。

ロンドンのセント・マーティン美術学校で講師をしていたジョン・レイサムは、グリーンバーグの著書『芸術と文化』が生徒の間で大きな影響力をもっていることを憂慮し、学校の図書館からそれを借りだした。

そして生徒と美術関係者を自宅に集め、同書の任意のページを噛ませた。
吐き出した紙は容器に入れ、塩酸と水酸化ナトリウムと酵母を加えてどろどろになるまで溶かし、一年後、その状態で学校に返却した。

その結果、彼は学校を首になった。</description>
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         <pubDate>Thu, 30 Apr 2009 16:54:06 +0900</pubDate>
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         <title>アート・アンド・ランゲージ</title>
         <description>最後発の「アート・アンド・ランゲージ」グループ（ジョセフ・コスースも参加した）は、コンセプチュアル・アートをきびしく定義し直した。

それまでのほとんどの芸術作品（コンセプチュアル・アートを含む）は、アーティストの社会的・哲学的・心理的基盤を図解したものにすぎないと切り捨て、その考えのもとに出版物、目録、文書、絵画の制作を続けた。

彼らにとっては芸術作品の制作よりも、芸術について論じることのほうが重要だった。
彼らは初のコンセプチュアル・アートの展覧会と称して、1970年に「コンセプチュアル・アートとコンセプチュアル・アスペクツ」展（ニューヨーク文化センター）を行った。</description>
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         <pubDate>Thu, 30 Apr 2009 16:53:50 +0900</pubDate>
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         <title>概観</title>
         <description>コンセプチュアル・アートは、ミニマル・アートのつぎの（シリアスな）アートとして、美術ジャーナリズムが舞台を用意し、預言者の登場を待ちうけたアートであった。

最終的にはジョセフ・コスースが預言者の位置を占めたが、そこに至るまでには紆余曲折があった。
はじめローレンス・ウェイナー、ロバート・バリー、ダグラス・ヒューブラーが注目されたが、ソル・ルウィットが『コンセプチュアル・アートについてのパラグラフ』というエッセイを発表すると、これが「コンセプチュアル・アート宣言」のように受け取られた。

しかしルウィットは物理的な作品を制作するため、厳密にはコンセプチュアル・アーティストとはいえない。</description>
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         <pubDate>Thu, 30 Apr 2009 16:53:18 +0900</pubDate>
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         <title>デュシャン</title>
         <description>デュシャンは従来の絵画や彫刻という形式に当てはまらないレディ・メイド（既製品）という芸術形式を提起した。
1950年代、抽象表現主義に対する反発としてネオダダ運動がおこり、デュシャンが再評価された。

ネオダダのアーティスト、ロバート・ラウシェンバーグはウィレム・デ・クーニングに提案してドローイングをもらい、それを丹念に消し去って『消去されたデ・クーニングのドローイング』。

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         <pubDate>Thu, 30 Apr 2009 16:52:53 +0900</pubDate>
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         <title>コンセプチュアル・アートとは</title>
         <description>コンセプチュアル・アートは、1960年代から1970年代にかけて世界的に行われた前衛芸術運動。
アイデア・アートとも呼ばれる。 

日本ではかつて概念芸術や観念芸術と訳されることが多かったが、いまは「コンセプチュアル・アート」とカタカナで書かれることが多い。1966年−1972年が最盛期。

コンセプチュアル・アートのルーツは、1910年代のマルセル・デュシャンの仕事に求められる。</description>
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         <pubDate>Thu, 30 Apr 2009 16:51:46 +0900</pubDate>
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